zemroika

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ドストエフスキー『白夜』

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「それはおそらく我々が若い時にだけしか訪れ得ないような、そんな奇跡のような夜だった。」



ドストエフスキーより『白夜』。この、日本でおそらくいちばん有名なロシアの作家は、当時の首都サンクトペテルブルクに「上京」以来、日本でおそらくいちばん有名なロシアの小説『罪と罰』はじめ、多くの作品にこの街の暗鬱とした情景を描いた。『白夜』もサンクトペテルブルクを舞台にした代表的な作品と言っていい。ただ、激賞された処女作の次の作品にとてもよくある例に漏れず、『白夜』も酷評を受けた。それはそうだろうなあと思う。話の筋は、上京して以来ひとりも友達のできない26歳の青年が、白夜の頃のある晩に、橋のたもとで出会った少女に恋をするけれども、結局、音信不通になっていた少女の婚約者が再び現れ、恋は実を結ばずに終わる、なんだかとりとめのない男女のとりとめのない恋愛話である。

それでもこのタイトルの魅力は他にはないものがある。この小説はその知名度に比べて翻訳も読者も少ない気がするし、それを下敷きにしたヴィスコンティの同名の映画の方が有名な気がするけれど、「白夜」「運河の橋のたもとの出会い」「四晩だけの逢い引き」、そういう要素そのものの詩情がひとり先を歩いている感じだ。

サンクトペテルブルクは厳密には白夜の街ではない。北極圏には含まれないからだ。
ただ、夏至の頃、薄く青みがかっていつまでも真っ暗にはなりきらないあの空の色は、あの街のための色だと思う。



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  1. 2014/05/19(月) 22:57:17|
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アンナ・アフマートワ詩集

古典ロシア文学シリーズ4 
アンナ・アフマートワ詩集

『彼が好きだったのは…』
『夏の園』
『海のほとりで』より


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詩はどれも以前訳したものです。今回はすべて日本語訳と原文を並べて載せました。というのも、

今月末に!詩の朗読会!をやりたいと思っているからです。
これは詩集兼、朗読の台本。
いま諸々つめているところです。


「ばらを見たい あの比類なき園へ
この世でいちばん美しいものの植わる

彫像たちが 若かったころのわたしを憶えている
そしてわたしは ネヴァの水に浸されたかれらを」

 ――アンナ・アフマートワ 『夏の園』


※(4/26追記)
以下の場所で詩集を置いていただいています。take freeです。

吉祥寺 カフェロシア
http://caferussia.web.fc2.com/

経堂 cafe+gallery 芝生
http://shiba-fu.com/

↑4/30まで「ロシア 布と紙の雑貨市」(ハバロフスクで買い付けた日用品や文房具の販売)をやっています!
  1. 2013/04/14(日) 14:31:57|
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ラビンドラナート・タゴール 『最後の叙事詩』 2

(昨日の記事の続き)


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そして今朝作ったもの。
  1. 2013/02/24(日) 00:21:09|
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ラビンドラナート・タゴール 『最後の叙事詩』

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風だろうか 旧い名前を吹き散らしてしまったのは
棄てた国に続く途は失せて

もし遠くから目を凝らしても
ぼくを見つけることはできないと思う
さようなら友よ

そっとぼくはいなくなる
時間はぼくを国から国へと連れて行くだろう
岸辺から岸辺へ 浅瀬から浅瀬へと

さようなら友よ

いつか遠い過去の遙かな岸辺から
春の夜の風が君のところへ ぼくの深いため息を運ぶことだろう

確かめてほしい ぼくのいなくなった後に何ものも残っていないか

忘却の夜半 君の人生も終わりに近づいた頃
絶望せずに見きわめてほしい

輝くだろうか やって来るだろうか 
まるで偶然みたいな 秘密の様子をしたあの面影が

それは夢じゃない
それは夢じゃない

それはぼくの真実 そして真理
死に打ち勝つ永遠の掟
それはぼくの愛


タゴールの詩『最後の叙事詩』のロシア語訳を重訳したもの。
音楽をつけてソ連時代の映画”Вам и не снилось”のテーマ曲に使われているほか、ウズベキスタンの音楽グループ”Yalla”のレパートリーにもなっている。

(Yalla 最後の叙事詩)
http://www.youtube.com/watch?v=qdWUekhHx8k

写真はウズベキスタン、ブハラ郊外の古城跡と塩湖。
  1. 2013/02/23(土) 01:23:29|
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"Принцесса Зара" ザーラ姫

古典ロシア文学シリーズ新作です↓


写真 (9)


ニコライ・グミリョフ Николай Гумилёв(1886-1921)
 20世紀初頭ロシアの「銀の時代」の詩人。原初の人間のように世界を見ることをマニフェストに掲げたアクメイズムの創始者であり、同じくアクメイストとして出発したアフマートワの夫。結婚後単身アフリカへ旅に出る。1921年、反革命の陰謀に加担した疑惑により銃殺刑に処される。


B6・8ページの小品です。ザンジバルの宮殿の一夜の話。話の筋はけっこうかなり少女趣味ですが… が、革命期ロシアの、それもつめたい花崗岩と氷の運河のペテルブルクの詩人が、アフリカを夢見ながら書いたというのが、いいんです。青年とアフリカ!
ロシア語で書かれたアフリカの固有名詞がシュールで、全然発音がわからず、はじめ姫の名前がザーラなのかザラーなのかすらわからなかった。


…… わたしはシャリ川の流れに従い、黒石の偶像に祈る人喰いの、背の低い未開人の棲むニアム・ニアムの地を渡りました。ウケレウェ島の毒雲がわたしの身体を熱病の火で充満させ、ヌゲジの森で大蛇と闘い、左手にキリマンジャロの白銀の雪が輝く間の四十日間、ニヤジの一族に後を追われました。そしてわたしがザンジバルに到るまでに、半月が八度、満月になりました。 ……
(拙訳 『ザーラ姫』 本文より)


このサイズだと、普通の手紙にも入れてしまえる。人に手紙が書きたくて口実のためにこういうものを作っている気もします。待っててお手紙書くよ!


部数は多くありませんが、今は中野のタコシェさんに置いてます。


2/17追記:目黒の金柑画廊さん、吉祥寺の百年さんにも置かせていただきました。
  1. 2013/01/27(日) 17:20:08|
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