zemroika

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グルジアの歌(葡萄の種) ブラート・オクジャワ

葡萄の種をあたたかい大地に埋めよう
蔓に口づけし 熟れた房をもごう
友だちを呼ぼう 愛で心を満たして
そうでなくてどうしてこの永遠の大地に生きるというのだろう

客人たち わたしの宴席へ集まってください
わたしの顔をまっすぐ見て あなたにとってわたしが何者か教えてほしい
天の神がわたしの罪に赦しを与えるだろう
そうでなくてどうしてこの永遠の大地に生きるというのだろう

暗い赤の服を着て わたしのダリが歌ってくれる
白黒の服を着て 彼女の前に頭を垂れる
聞き惚れてわたしは 愛と悲しみのあまり死ぬだろう
そうでなくてどうしてこの永遠の大地に生きるというのだろう

日没があちこちに訪れるころ
何度でも何度でも わたしの目の前を現に通り過ぎさせよう
白い水牛 青い鷲 そして金色の鱒
そうでなくてどうしてこの永遠の大地に生きるというのだろう

 ブラート・オクジャワ 『グルジアの歌』(または『葡萄の種』) 拙訳


オクジャワ(1924-1997)はソ連時代のモスクワ生まれの詩人であり、シンガーソングライターで、200曲あまりの曲を残し、ギターを爪弾きながら舞台で歌う晩年の彼の姿は映像に多く残されている。
(YouTubeより『グルジアの歌』↓)
https://www.youtube.com/watch?v=aMTxA5Jnt9I
彼の父はグルジア人であった。オクジャワもモスクワに生まれたのち、共産党員の父の仕事の都合でトビリシに移り学んでいる。のちに父の銃殺刑や、母の強制収容所への流刑を経験し、ウラルの町やモスクワのアルバート街の共同住宅、カルーガなど居を移しながらも、彼のグルジアを歌う歌は特別な故郷への思慕で満ちて、グルジアの詩情と美徳をこれ以上ないくらい色濃く描いている。


東京のオフィスに座っている日々で、グルジアの再訪はなかなか叶いそうもない生活ですが、最近仕事でトビリシに電話をかけて、微妙なグルジア訛りのロシア語と、日本語訛りのロシア語とで会話をしながら、この電話線がユーラシアを飛び越えて細く細くカフカスとつながっているのはつくづく不思議だと思った。








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  1. 2014/05/26(月) 23:16:49|
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